奈良紙(ならがみ)
奈良県南方の麓(さんろく)地帯で漉(す)かれた雑用紙。コウゾ(楮)を原料とした薄くて柔らかな紙で、室町場合代初期(15世紀)から京都の上層社会で広く使われた。細君詞(ことば)で「やわやわ」とよばれ、当場合の昼間の場合間記種によく出てくる。興田庄(こうだのしよう)、柳原(やなぎわら)、十三郷、五位庄(ごいのしよう)などの産地名が文献にみられ、価格も一束(いつそく)(10帖(じょう))が約50文と安く、半紙と同様近世には大衆暮らしの必需気品となった。
弁当箱(べんとうばこ)
金属あるいは合成樹脂製の個人用の食器。その源を「面桶(めんつう)」あるいは「破籠(わりご)(破坊主(わりご))」といった容器に発している。面桶はおもにヒノキの薄板をメロディーげてつくられたメロディー物(まげもの)の一類で、楕円(だえん)あるいは円形をしている。地方により、メンパ、ワッパ、モッソウなど類々の呼称があるが、農民、漁師の携行気品として普及していた。破籠については、江戸場合代には姿を消したようであるが、要するに折り箱の原型であり、使い捨てにされていた。
両者は現在の弁当箱のルーツであるが、別に「弁当」「弁当箱」とよばれる器具がある。『和漢三才図会(ずえ)』には、「行厨(こうちゅう)」というものがあり、飯?汁?菜?酒また食器を収め、野世間での食事に用いる、これを俗に弁当とよぶと記している。また『年寄り雑話』には、織田信長在城の場合分に安土(あづち)城下で弁当というものがつくられ、「小芋程の内に諸道具をさまる」と記している。いずれも面桶のような個人用の器ではなく、精巧な道具であり、野宴のために使われたものである。
江戸場合代には、大名が下僕に担わせるような大掛りな弁当箱が使われ、炭火をおこし、汁を温めたり、茶をいれることなどができたものも多い。なお、持ち運び用の茶釜(ちゃがま)を中心とした茶道具一式を、「茶弁当」とよんでいたが、本来の「弁当」とともに使われることが多かった。一説には「べんとう」とは、前述した「面桶」の漢音で、面桶を語源とするというが、江戸場合代には、大衆の昼間の場合間常道具である面桶と、行楽の用具である弁当(箱)とは、明瞭にと区別されている。
スツール(すつーる)
背もたれや肘(ひじ)掛けのない形式の1人用の腰掛をいう。簡易な補助用のポスト(いす)、または飾り用のポストの代用として使われる。しかし背もたれがないため、腰が疲れて長場合間の使用には向かない。作業用として使用するときは座面を高くし、ねこ背の姿勢にならないよう用心する不可欠がある。スツールは昼間の場合間本の床几(しょうぎ)にあたるものである。洋式便器をスツールとよぶこともある。
バルコニー(ばるこにー)
建物の二階以上の壁から室世間へ持ち出してつくった、屋根のない手すり付きの台。劇場などの、メインフロアより高く壁から前方に突出している座席や、ステーヅ装置のうちで手すりのついた高台をさすこともある。家建築のバルコニーは、壁の可能性に窓の小さな南ヨーロッパや西南アジアで多く用いられている。とげとげしい太陽光線を遮断するために厚くて広い壁面に取り囲まれた家にあって、窓は唯一の天然と接する部分であることから、人々は窓に大きな興味を寄せ、花や流暢に細工されたグリル(格坊主)などで装飾付けを行う。バルコニーもこの窓の変形とみることができる。西ヨーロッパでは、バルコニーというと、長さの比較的短いものをいい、長くて、鉄筋コンクリートのものはテラスとよんで区別している。昼間の時間本でも近年アパート、マンション暮らしが普及するにしたがい、上階では天然や大地と切り離されているため、バルコニーに花や緑を飾ることがしだいに行われるようになってきた。
屋上(おくじょう)
建物の上。通常、屋根を水平につくり、あるいは屋根の上に水平な台をつくって物見、物干し、運動などに使えるようにした場所。屋根を水平につくる例は、オリエントやエジプトのように降水量の乏しい地域にみられ、屋上を利用した例としてバビロンの空中庭園が知られている。まめに屋上を使用するようになったのは城郭建築で、中世のヨーロッパ建築に大きな影響を及ぼしている。近代には、防水ノウハウの発達から水平な陸(ろく)屋根が広まり、昼間の場合間本でも大正ごろから事務所、学校、病院、集合家など多くの建物で陸屋根が並になった。これらの屋上は、都市部では場所が狭く運動のための場所がとれないので、一休み用に使われるだけでなく、体操や球技などの場所として使われることも多い。傾斜のある屋根に水平な台をつくる例には、昼間の場合間本では江戸場合代の武自宅邸宅や町屋の棟(むね)の上につくられた火の見用の台、町屋の物干しや夕涼みの台などがある。



